“全身麻酔”と聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?
少しこわい…危険なのでは…テレビドラマの手術室のような殺伐としたイメージ…など色々あるかもしれません。実際にワンちゃんネコちゃんが麻酔されて手術などを受けた事があるという方もいるでしょう。
人でも動物でも「麻酔をかける」という時には、「麻酔すること」が目的となることは絶対になく、何かしらの処置、検査そして手術を行うために麻酔が施されます。このため、どうしても処置の内容や手術(の結果?)の方に意識が傾いて、麻酔のことをもっと先生に聞いておけばよかった、という飼い主さんももしかしたらいらっしゃるかもしれません。
今回は、動物病院で実際におこなっている全身麻酔の流れをご紹介したいと思います。これを見て全身麻酔のことを知ってもらい、“よく分からないから怖い、心配“ という気持ちを少しでも減らすことができれば良いなと思います。
全身麻酔をかける前に
全身麻酔をかける前に、その子がどのくらい麻酔のリスクがあるのかを把握し、最もベストな麻酔薬はどれか、などを考えたうえで全身麻酔をおこなっていきます。この部分は大切なことなので別の記事でお話をさせていただきます。今回は全身麻酔を実際にかける際の流れに焦点をあてて、お話しますね。
実際の全身麻酔をかける流れ
全ての全身麻酔がこの流れというわけではありませんが、一般的な犬の去勢手術を例に挙げます。
① 血管の確保
前足の血管に静脈留置針を設置し、ここから麻酔薬や点滴を動物の体内にいつでも投与できる状態にしておきます。
② 麻酔前投与
全身麻酔の前に投与する薬のことです。麻酔前投与薬は一種類の薬だけではなく、抗不安作用、鎮痛作用、口の中や気道内の分泌物を抑える作用、迷走神経の反射を抑える作用など、様々な効果を期待して複数の薬が投与されます。
この薬が投与されることで、これ以降の処置となる麻酔を安全に、円滑に行えるようになります。
③ 全身麻酔
血管から麻酔導入薬を投与し、ここで動物は眠ります。(意識の消失)現在、一般的に用いられる麻酔導入薬は注射麻酔薬という種類の全身麻酔薬になります。
その後、気管から吸入させる麻酔薬に切り替えて麻酔を維持します。
動物の意識が無くなると気管チューブを入れて気道を確保し、心拍数や血圧などのバイタルサインをチェックするための装置をつけてモニタリングを開始します。また、必要に応じて静脈点滴を行います。この気道の確保は素早く行う必要がありますが、それに時間がかかることが予測される場合や、もともと呼吸状態に不安のある短頭種などに対しては、あらかじめ酸素吸入を行っておく場合もあります。
動物のバイタルサインが安定しているのを確認しながら毛刈りや消毒など、手術に向けた準備をします。
④ 手術の開始
いよいよ手術の開始です。手術中は実際に執刀する獣医師以外のスタッフも常にモニターや動物をチェックし、ささいな変化も見逃さないようにします。
必要に応じて麻酔薬の追加や点滴の調節、その他にも血圧や心拍に関わる薬などを投与します。
⑤ 覚醒
手術が終われば麻酔薬を止め、意識の回復を促します。まだ気道確保の気管チューブやバイタルサインのモニターは付けたままであり、これらは動物の意識がある程度しっかり戻ってから外します。
特に短頭種は、呼吸に関連した身体の構造が特徴的であり、気管チューブを抜いた後に気道閉塞を起こしてしまうリスクが高いため、気管チューブを抜くタイミングには注意を払います。完全に意識が回復し、バイタルが安定していることを確認してから入院ケージへと移動します。
麻酔薬や必要に応じて使う薬や処置はその動物にあわせて決めて行うため、これが全てではありませんが、全身麻酔の大まかな流れはこのように行っていきます。
さいごに
普段なかなかお見せすることのない麻酔の流れをお見せしました。ほとんどの場合はこの麻酔と、手術や処置をセットで行うため、安全で、なるべく短時間で終わらせることができるように心がけています。
不安や心配は取り除いてから手術に臨めるよう、気になる点は何でも質問してくださいね。
画像提供:酪農学園大学 佐野忠士先生